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フェニクシーリポート No.01
我々フェニクシーのプログラムや活動を不定期にお知らせしていきます。
第1回は第一期コホートのファイナルショーケースについて、リポートします。
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今年10月4日、京都大学医学部構内の芝蘭会館にて、「フェニクシー・インキュベーション・プログラム コホート1」のファイナルショーケースが開催されました。
会場には、ご参画いただいた企業の経営者や社員の皆さま、ご支援をいただいた産官学関係者の方々多数にご来賓いただき、第1期のフェロー9名によるピッチセッションが行われました。
まず最初に開会の言葉として、フェニクシー代表の橋寺由紀子は、次のように語りました。
「皆さんこんにちは、本日は、ファイナルショーケースにお越しいただき誠にありがとうございます。厳しい選考を経て、7社から9名の方々がこの近くにあるインキュベーション施設『toberu』で生活し、はや4ヵ月が経ちました。その間、さまざまなビジョナリー、メンターの方々がtoberuを訪れ、ご自身の経験をフェローたちに話されてきました。それとともに、皆さん口を揃えて仰ったのが『仲間を持つことが大事だ』ということです。
これから9名の発表が始まりますが、その内容はお互いが『ここを改良したらいいんじゃないか』『こんな方向も考えられる』と意見を言い合い、9名の仲間で作り上げたビジネスになります。この後でフェローたちは会社に戻られますが、いずれも大きな可能性のあるビジネスばかりです。
スタートアップで何より大切なのは、仮設検証の機会を沢山もつこと、そして最適解をすばやく見つけること、その繰り返しです。フェローたちはその第一歩を、この4ヵ月間で踏み出したと感じています。ここを出発点とする、彼らの事業の未来の可能性をぜひ感じ取っていただければ幸いです」
橋寺の挨拶に続き、フェロー9名によるファイナルショーケースのピッチセッションが下記の順番に行われました。
■川谷篤史さん
東京海上ホールディングス株式会社 事業戦略部 企画グループ
「高齢者が健康長寿社会を謳歌できるようなエンディングノートを活用した情報管理・お届けサービスの実現」
■吉村祐一さん
NISSHA株式会社 産業資材事業部 開発部 開発三グループ
「使い捨てプラスック容器削減のための『IoT容器を利用したリユースシステム』の構築』
■小泉美子さん
ダイキン工業株式会社 テクノロジー・イノベーションセンター
「再生医療で使用される細胞を『活きが良いまま、容易に回収できること』を特徴とした『細胞培養容器』の事業化」
■凌霄さん
富士フイルム株式会社 R&D統括本部 解析技術センター
「全ての人に細胞治療を届けるために微小流路技術で細胞製造に産業革命を」
■藤井芳郎さん
NISSHA株式会社 技術開発室マーケティンググループ
「災害による被害低減のための、無線センサーを活用した手軽なリスクモニタリング」
■田山恭平さん
三菱ケミカル株式会社 インフラ・アグリマテリアルズ本部 ITファームプロジェクト
「持続可能な養殖生産のための魚粉代替ビジネスの創出」
■猪股壮太郎さん
富士フイルム株式会社 R&D統括本部 有機合成化学研究所
「高性能容器リユースによる海洋ゴミ問題の解決」
■唐子征久さん
オムロン株式会社 技術・知財本部 知能システム研究開発センタ
「遠隔体験型ネットショッピング 〜誰でも、どこからでも、豊かなサービスを授受できる世界へ〜」
■土井秀高さん
味の素株式会社 研究開発企画部 総合戦略グループ
「海藻食品素材化プロセシング 不足する農地と真水を使わない食品の開発:農業を海へ拡大する人類史の革新の1ページ」
各フェローの研究開発およびビジネスの進展の詳細は、今後、本ページでリポートをお伝えいたします。ピッチセッションの最後に登場した、味の素株式会社の土井秀高さんは、9人がともに過ごしたこの4ヵ月間のまとめとして、来場者に次のようにスピーチいたしました。
「いまの日本企業はどこも、イノベーションを生み出さねばならないというプレッシャーと、業績を維持、拡大し続けなければならないという責任、その二つに苦しんでいます。そうしたなかで、会社で働く多くの人が、本人が望まざる『管財人』のような仕事を強いられています。しかし『管財人』ばかりになった会社からは、決してイノベーションは生まれません。そして、私とともに4ヵ月間がんばってきたフェローの仲間は、誰一人『管財人』ではありません。大企業発の革新的なベンチャーを生み出すためにも、ぜひ彼らが会社に戻ってきたら、労をねぎらい、応援してあげていってください」
このスピーチに、会場からは、盛大な拍手が沸き起こりました。ファイナルショーケースの第一部は、最後にフェニクシーファウンダーの久野祐子が挨拶を述べて、幕となりました。
「第一期生の滞在型のインキュベーションは今日で終わりとなりますが、私たちフェニクシーは今後もずっと彼らのフォローを続けていきます。フェローの中には所属先で新規事業を起こしたいと考えている人、独立してスタートアップの立ち上げを検討している人、所属会社と協力してジョイントベンチャーを作ろうと考えている人などがいます。今後、彼らのビジネスには様々なパターンの展開が考えられますが、私の経験から強調しておきたいのは、「Earning money , Doing good」(正しいことをして、お金を稼ぐ)ことがベンチャーの経営にはとても大切だ、ということです。彼らは起業家として、卵からかえり、ヒヨコになったばかりの状態です。また、この先にはベンチャーが必ず通らねばならない、『デスバレー』(死の谷)も待っています。デスバレーを生き残るには、『正しいことを、正しい場所で、正しいとき』に行うことが何よりも重要です。ぜひパートナー企業の皆さまには、彼らの今のモチベーションをさらに伸ばすよう、暖かい目で見守っていただければと思います」
■ダイアログ・セッション
「株主第一主義からの脱却と京都企業」
休憩時間に続いてのダイアログセッションでは、1933年に京都で創業し、現在は日本が誇るグローバル企業の一つに成長、全世界で3万5000人もの社員を擁するオムロン株式会社の立石文雄会長がスピーチを行いました。その中で立石会長は、オムロン株式会社の経営の「羅針盤」として長きにわたって参照されてきた「SINIC理論」について紹介するとともに、それが現在の同社でどのようにバージョンアップされて各事業に生きているか、解説されました。
「人類の歴史を振り返ってみると、科学の進化が新しい技術のシーズになり、社会のニーズが新しい技術の開発を促してきました。技術が新たに生み出されることで、さらに科学も発展するというスパイラルが生まれます。オムロン創業者の立石一真が1970年に国際未来学会で発表した、未来予測理論である『SINIC理論』は、パソコンもインターネットもない時代に、来たるべき情報化社会の到来を正確に予測していました」
立石会長はバージョンアップを繰り返されてきたSINIC理論に基づく同社の事例をもとに、「過去から未来を予測するのではなく、未来の『あるべき姿』からバックキャストして、将来を予測する経営を行ってきたことが、京都のベンチャー企業であったオムロンの飛躍的な成長を可能にした」と語りました。「すべての経営の根幹に企業理念がある」という同社の経営は、フェロー9名がこれから始めるビジネスにおいても、大いに参考となってはずです。
続いてのダイアログ・セッション第2部では、フェニクシーのファンダーの一人である小林いずみを聞き役に、オムロンの立石文雄会長と、同じくフェニクシーファウンダーで株式会社ACCESSの創業者、現在TomyK Ltd代表を務める鎌田富久氏の鼎談が行われました。以下、鼎談の一部をダイジェストでご紹介いたします。
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小林 フェニクシーが京都でプログラムを開始するとき、東京の人によく「なんで京都なんですか?」と尋ねられました。私たちはむしろ「京都しかない」と当初から考えており、その意識のずれが興味深く感じました。
立石 我が社がオートメーション機器を本格的に手掛け始めたのは1955年頃ですが、当時、創業者の立石一真はよく「関西や東京の大手電機メーカーの下請けにはなりたくない」と言っていました。経営の独立性を保ちたいという強い思いがあったのです。そこで販路を拡大するために、京都から直接世界へと出ていった。それを可能にしたのが、京都の土地柄だと思います。世界に冠たる歴史都市として、京都のネームバリューがあったからこそ、世界でも「京都のオムロン」として受け入れられたのだと思います。
小林 鎌田さんは東京でも、若い人々の創業をサポートされていますが、京都と東京で土地柄の違いを感じることはありますか?
鎌田 東京は便利だけれど、あらゆる面でちょっと騒々しいですよね。それに対して京都は「集中できる」環境があると思います。起業家にとって、集中することはとても大切です。もう一つ、京都には「長く変わらないもの」が沢山あるのがいい、と感じています。今の社会は、テクノロジーの進歩のスピードがどんどん早まっています。会社と従業員の関係や、所有からシェアのようにビジネスを取り巻く状況も変化を続けています。そんな時代だからこそ、会社の根幹にある「ミッション」を考える上では、「変化しない本質的なもの」を考える必要があります。京都に根付く「伝統」や「哲学」は、そうしたことを考える上で相性がいいと感じますね。
小林 それを聞いて嬉しく思います。先程のオムロンさんのお話で、社会課題と企業が向き合うことの大切さが語られました。一方、多くの会社ではすばらしい企業理念を掲げていても、それを実践して収益を上げることには苦労をしています。「利益第一主義」の経営は、その歪みの問題からアメリカでも疑問視されるようになってきていますが、オムロンでは企業理念を会社全体に浸透させたうえで、なぜ高い収益を上げ続けることができたのでしょうか。
立石 経営者も社員も、「企業は社会の公器である」と理解しておくことが、とても大切だと思います。経営においてすべての原点は、企業理念です。企業理念と社会の課題が結びついていれば、自ずと事業は社会課題の解決へと動いていきます。ではどうすれば、企業理念を社員に浸透できるか。作りっぱなしで何十年も放置していては、企業理念も埃りを被り、やがて誰も顧みなくなります。当社の場合は現在までに、3回企業理念を見直し、改定作業を行ってきました。そのたびに社員の理解も深まり、改定を繰り返すことで、理念の根本が意識に深く刻み込まれていったのではないかと思います。
小林 ありがとうございます、では次に鎌田先生にお聞きします。キックオフイベントでは、堀場製作所の堀場厚会長から「死の谷(デスバレー)をどう乗り越えていくか」というお話がありました。フェローの9人はこれから資金調達や営業面で、さまざまな苦難に立ち向かう場面が出てくると思いますが、鎌田先生からアドバイスがあればお願いします。
鎌田 今日9人の発表を聞いていて、彼らが「チャレンジしたこと」だけでも大きな価値があり、素晴らしいと感じました。本当に事業が成功するかどうかは、「やってみないとわからない」が真実です。起業家に対してメンターや投資家は偉そうにアドバイスしますが、ほぼ当たりませんからね。私自身、過去にはTwitterもAirbnbも「当たらないだろうな」」と思っていました(笑)。それならば、起業家は誰の声を聞けばいいのか。お客さんです。事業が成功するかどうかは、ユーザーが決めるんです。「誰がユーザーで、どこで使い、いくら払ってくれるのか」、そのユーザーの「声」を聞けるポジションに早く辿り着くことに、尽きますね。
立石 声を聞く、ということに関して言えば、「五感を研ぎ澄ませておくこと」も起業家にとって大切ですね。私は海外に13年間赴任してから、50歳過ぎで京都に戻ってきました。そのとき初めて、この街には人間の五感をくすぐるものが、圧倒的に満ちていることに気づいたんです。視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚……、それらを総動員して味わうべき「本物」が京都には沢山あります。京都で五感を研ぎ澄ませることは、創造的なイノベーションを生み出すことにも必ずつながるはずです。
鎌田 人は「自分のまわりの5人の平均に近づいていく」という話があります。フェニクシーのプログラムで4ヵ月、すごくやる気のある人たちが9人集まってともに暮らし、ビジネスについて濃密に語り合った経験は、全員のモチベーションを大いに高めました。これから大切なのは、スピードです。早く失敗すればするほど、早く成功に辿り着くことができます。とにかく沢山の「打席に立つこと」を意識していってください。
小林 ありがとうございます、お二人の話には、フェローたちがビジネスを成功に持っていくためのヒントが沢山詰まっていたと思います。これからも、彼らの成長を見守っていただければ幸いです。
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本レポートは、理系ライターズ チーム・パスカルの大越 裕さんに取材・構成頂きました。