フェニクシーのプログラムや活動を不定期にお知らせする「フェニクシーリポート第2回」
フェニクシーが運営するインキュベーションプログラムも、コホート2が間もなく終了します。toberuを巣立ったコホート1のフェローたちもそれぞれの企業に戻り、ブラッシュアップを重ねた事業の実現に向けて活動を続けています。ここまでを振り返って、ファウンダー、フェロー、アドバイザリーの方々に、それぞれの思いを聞きました。
*本インタビューは2020年1月末日に実施しました。新型コロナウイルス感染への対応により、現状と一部異なる場合もございますがご了承下さい。
フェニクシー ファウンダー
久能祐子
「大企業の中に埋もれているアイディアやテクノロジーを、若い人たちが自らベンチャーを立ち上げることで世に解き放っていく」
toberuの立ち上げのときに抱いていたこのアイディアは、スタートする前から必ず上手く行くはずだ、と考えていました。しかしコホート1の卒業生たちの4ヵ月の成長を見ていると、事前の予想を超えた成長を果たしてくれた、と感じています。私がtoberu以前からインキュベーションを手掛けていたアメリカの基準から見ても、全員が「経営者」としての自覚を持ち、いつでも投資家と互角に渡り合えるレベルになってくれました。
ベンチャーの経営者に必要なのはまず「自分で考えること」、そして「自分で意思を決定すること」「自分が行動すること」「自分が結果を見ること」の4つです。この4つは企業が大きければ大きいほど、「自分」が介在しにくくなります。事業を進めるために、上司に説明をしたり、同僚に意見を求めたり、マーケットの調査を別部署に頼んだり、自分以外の力を借りざるを得ません。しかしその結果、事業の実現のために全力が投入できず、根回しや調整に力が使われてしまうことがよくあります。優秀なフェローたちがtoberuという「出島」で過ごした4ヶ月間は、そうしたくびきから自由になり、優秀な才能を思う存分発揮できた時間だったと思います。
ベンチャーが社会に必要であることの理由は、「破壊的イノベーション」を生み出すためだと私は考えています。既存の仕組みを「改善」するのではなく、物事の「A面」から「B面」へと、ぜんぜん違うものにするのが、ベンチャーの役割です。0から1を生み出すベンチャーの始まりは、必ずたった一人の創業者が心に秘めた「社会のこの問題を解決する」というパッションにあります。
コホート2のフェローたちも1期に続き、「世の中を変えたい」と考える優秀な人々が集まりました。大企業からの推薦だけでなく、コホート2では公募でも参加者を募り、京都大学の学生チームやNPOのフェローが事業を構想しています。起業のテーマも身障者の方々のつくるアートや、女性の妊娠の問題などバラエティがあり、外国籍の方も複数いるなどダイバーシティにも富んでいます。ファイナルショーケースで、彼らがどのような発表をするか、心から楽しみにしています。
フェニクシー ファウンダー
小林いずみ
コホート1がスタートした当初は私たち運営側も手探りで、どんな人々が集まり、最終的にどのようなビジネスを構想するか、正確な予想はできませんでした。しかし4ヵ月経ってみると、フェローの皆さんはそれぞれしっかりしたビジネスモデルを構築し、会社に戻って確実な一歩を踏み出しています。
コホート2も間もなく終了を迎えるいま思うのは、皆さんの成長のすごさです。toberuに来られたばかりの時の皆さんの印象は、こう言っては語弊があるかもしれませんが、「サラリーマン」であり「組織のワンオブゼム」という感じでした。それが4ヵ月という短い期間で、個人がそれぞれしっかり確立し、先行きが見えないベンチャーの荒波に打って出る「信念」が備わったと感じます。
起業家にとって「信念」は、自分の信じた道を突き進むためにも重要です。その強い信念を得てもらうことが、大企業から若い社員の方々を預かってこの事業を運営する、私たちの役目だと感じています。
自らがベンチャーを大きく育てた経営者が複数いるフェニクシーのファウンダーの中で、私だけが長い間にわたって大企業で働いてきました。そのため私の強みは、企業側の視点から新規事業やベンチャーに挑むことの意味や、どういう問題が発生しそうかを想像できることだと考えています。大きな組織に対してどのように個人がアプローチをすれば物事が進んでいくか、企業はどのようなパワーバランスで動いているか、フェローの方々を送り出している企業側のメンタリティが私にはわかります。そしてその論理は、フェローたちがこれからビジネスを立ち上げ、製品やサービスをセールスしていくにあたっても、応用が可能です。大企業の経営者や投資家からの支援を得られるよう、卒業したフェローたちへのサポートに引き続き力を入れていきます。
toberuのインキュベーションプログラムは、新たな仲間を迎えて拡大を続けています。
これまでフェニクシーのプログラムに参加した企業は、モノづくりやバイオ系の会社が多かったことから、フェローが選ぶテーマも製品、バイオ、医療などが多く見られました。2期にはサービス系の事業を展開する企業や、NPOの方も参加し、事業のバリエーションも広がっています。
いま日本ではあらゆる産業で、革新的なベンチャーによって既存の構造が変革されることが待ち望まれています。これからもフェニクシーでは、業種にこだわらずに真に世の中を変えるベンチャーのシードを育成していきたいと思っています。
フェローのセレクションの際に、私が評価する軸として見ていることがいくつかあります。そのサービスや製品が事業になるか、他の会社と何が違うのか、製品の実現はテクノロジーの面で可能か、といったリアルなビジネス面の判断は前提としてありますが、中でもいちばん重要視するのは「創業者にパッションがあるか」です。「この問題を解決したい」という強い気持ちがなければ、ベンチャーが成功することはありません。ベンチャーの行く手には、超えなければならない「谷」が数多く待ち構えています。しかし経営者に強いパッションがあれば、深い谷も乗り越えていくことができます。コホート4、コホート5と続いていくプログラムにも、ぜひ世の中を変えるパッションの持ち主が参加してくれることを願っています。
コホート2 フェロー
若尾尚美さん
NPOアート・オブ・ザ・ラフ・ダイアモンズ 所属
私は障がいを持つ方々の手による芸術を通じて、アートとクリエイティブの力で「誰一人取り残さない社会」の実現を目指して、このフェニクシープログラムに参加しました。
障がい者のアートに関心を抱いたのは6年前。もともとギャラリーやアートマネジメントの仕事をしていましたが、障がい者アートに接することはほとんどありませんでした。ある日障がいを持つ方が書いた文字でデザインされた名刺や企業のロゴを見る機会がありました。それを見たとき、作品の輝きと彼らの才能のすごさに衝撃を受けました。それから彼らのアート作品について調べるなかで、施設の療養プログラムの中で制作されていることや、すごく良い作品なのに評価されていない現状があることを知り、たくさんの人に存在を知ってもらいたと考えるようになりました。海外では、障がいを持つ人のアート作品で高い評価を得ているものが沢山あり、専門のアートフェアもあります。日本でもそうした作品に注目が集まるようになれば、作品が認められてアーティストとして彼らの自立の支援にもつながるはずです。
プログラムは終盤を迎えていますが、参加して良かったと感じています。私は東京が拠点なので、京都で暮らすのは初めてでした。当初は慣れない土地に戸惑いもありましたが、ともに暮らすフェローの方々のサポートと交流を通じて、新たな価値観を得ることができたと実感します。現在はNPOとして活動していますが、ビジネスモデルもフェニクシーのメンターやアドバイザーそして仲間たちとのディスカッションで磨くことができ、近い将来にはサステナブルな事業として継続させるために会社を設立しようと考えています。これからの私たちの活動とともに、障がいを持つ人々のアート作品にぜひ関心を持っていただけたら幸いです。
コホート1 フェロー
川谷篤史さん
東京海上ホールディングス株式会社事業戦略部 企画グループ
昨年フェニクシーコホート1のプログラムに参加し、現在は当社の事業戦略部で、新規事業の立ち上げの仕事をしています。自分が構想したエンディングノートを活用した情報管理&お届けサービスを、関係各所と打ち合わせしながら、どのような形で世に出すか検討しているところになります。高齢者向けのサービスということもあり、認知症の方の意思決定の対応や、サービス料の対価を受け取る仕組みづくり、レピュテーションリスクなどの課題をクリアしながら、少しずつ進めています。
いまプログラムを振り返ってみて「新規事業とは何か」を学ばせてもらったことが、とても大きいと感じています。現在の部署では自分の事業だけでなく、違う新規事業も検討していますが、フェニクシーでの学びがその仕事に大いに生きています。コホート1の仲間とは今でもオンラインでつながって相談しあい、東京にいるメンバーとは定期的に仕事の後で集まって、食事をしながらビジネスの進み具合について報告しています。そうした同じ志を持つ、違う領域の仲間を得られたことが、このプログラムに参加した最大の意義だと感じています。
フェニクシー アドバイザリーボード
大田弘子さん
政策研究大学院大学 特別教授
私は「今後の日本経済にとって、とくに大企業からどうやってイノベーションを起こすかが重要」と考えています。第4次産業革命とよばれるデジタル化の新たなフェーズになかで、世の中を一変させるような破壊的イノベーションがいくつも生まれています。ベンチャー企業の活躍も重要ですが、日本の場合には研究や商品開発のために必要なリソースの多くが大企業に集まっており、ここを活性化させることは不可欠です。大企業も、自社からイノベーションを起こすべく、あえて通常のビジネス拠点とは離れた場所に「出島」と呼ばれる思い切った試行錯誤の拠点を作ったり、ベンチャー企業と連携してのオープンイノベーションの試みを始めています。フェニクシーの取り組みは、優秀な若い人々が大企業に身をおいたまま、外の世界で思い切りベンチャーを構想して、自社に戻ってから実現させるというというもので、まさに大企業発のイノベーションを実現させる有効な手法です。以前からの友人だった久能さんからその仕組みを聞いて、非常に面白いなと感じ、ぜひ応援したいと思ったことからアドバイザリーに加わりました。
日本の大企業はリソースが潤沢にあるのが強みですが、一方で、大企業特有の文化を変えなければならないとも感じています。「リスクをとることに消極的」「意思決定のスピードが遅い」「内向きのエネルギーが強い」ということです。フェニクシーのプログラムは、参加者が自らスピード感を持って事業に取り組み、さまざまな人的ネットワークを得られるようになっており、大企業のなかで「異質な人」を生み出す仕組みとしても有効だと感じます。このプログラムから、日本に蔓延する「大企業病」を脱し、この国に革新をもたらす人々が多数育っていくことを期待します。
本レポートは、理系ライターズ チーム・パスカルの大越 裕さんに取材・構成頂きました。
フェニクシーリポート No.01「第一期コホート ファイナルショーケース」はこちら