フェニクシー株式会社は6月4日夜、アドバイザリーボード会議をオンラインで開催しました。アドバイザリーボード、セレクションコミティ、フェロー、創業メンバーとスタッフ、連携している米国ハルシオンインキュベータからのオブザーバーなど、総勢24名が参加。ファウンダー・小林いずみによる進行のもと、「イノベーションを阻む組織の壁」をテーマにパネルディスカッションを行いました。本稿では、その様子をダイジェストでお届けします。
まず最初にフェニクシー代表取締役の橋寺由紀子より、インキュベーションプログラムに対するフェロー・スポンサー企業双方からの評価アンケートの結果が報告されました。アンケートでは参加者・企業双方ともに「プログラムに参加したことでポジティブな変化が起きた」という回答が寄せられました。一方でフェローが会社に戻ったあとの支援に関しては、「予算・人員の確保」や「他部門との連携」については進んでいるものの、「法人化支援」や「起業サポート」については、フェローの期待と実際の間でギャップが生まれている現状が明らかとなりました。この結果を受け、意見をアドバイザリーの方々から伺いました。
政策研究大学院大学 特別教授 大田弘子氏(アドバイザリーボード)
私は日本生産性本部の副会長をしており、大企業のイノベーションをテーマにアンケート調査をしました。その結果をみると、日本企業は多かれ少なかれ大企業病にかかっており、風土的に破壊的イノベーションが生まれにくい状況があります。
その原因として多かった回答は、「手続きや会議が多くて意思決定が遅い」ことや「失敗が許容されにくい企業風土」といった内部の問題です。そうしたしがらみから逃れ自由な発想を生み出すためにフェニクシーのような「出島」に社員を出す動きも始まっていますが、出島にいる間は思い切った試行錯誤ができても、会社に戻ると旧来のカルチャーとぶつかってしまいます。出島が出島だけで終わらず、本体そのものを、変える力をもたねばなりません。
問題の背景にあるのが、大企業特有の「意思決定の重層性」です。新しいアイディアが生まれても、CEOがリスクをとる決断を下す前に、役員・事業部長レベルでそのアイディアが潰されてしまうのです。これを打破するには、「新しいことをやろうとする人自身が、マーケティングやタフな根回しの能力を鍛えること」「トップが強いコミットメントを持ってサポートし続けること」だと考えます。
東京海上ホールディングス株式会社 取締役会長 永野毅氏(アドバイザリーボード)
大田さんの主張に基本的に同意です。あえて議論を呼ぶような発言をさせてもらいますが、そもそも大企業に新卒で入社する人と、起業家になるような人は、マインドセットが違うと考えています。スタートアップを始めたいという人は、大企業に入らず最初から自分でやっているケースが多い。我が社では3年前から、「ビジネスクリエーションプログラム」という名前で社内ベンチャー事業の提案制度を始めています。最初の年は6人でしたが、今年は50人もの若手社員が新規事業のアイディアを発表しました。しかしその人たちの中に「この会社を辞めてもやりたい」という人間がいるかといえば、ほとんどいないのが現実です。
いまフェニクシーのプログラムにうちの社員が参加し、起業のマインドを学ばせてもらっていることは、とてもありがたく心より感謝しています。彼らは確実に、大企業では得られない気づきを得ています。しかしどんなに優秀な社員でも、「起業家になる」ことはまったく次元が違う話だと思うのです。
大企業の中からベンチャー起業家を生むことがマインドの問題から難しいとすれば、これからフェニクシーがやるべきことは、外部からフェローを募集し、大企業の若手社員とマッチングさせることかもしれません。ビジネスの提携や投資、ノウハウ、リスクマネジメントに必要な人材の派遣などの面で、大企業はベンチャーをバックアップできるのではないでしょうか。
“組織の壁”に対する解決策としては、事前の「課題設定」だと考えています。ビジネスの成功は「課題設定」にあります。プログラムに参加する前に派遣元のトップマネジメントと参加フェローが会社の足元の課題ではなく、新しい事業ドメインや既存のビジネスモデルの変革に繋がる課題を企業側のトップマネジメントと擦り合わせ、どうすればその課題を解決できるのかをフェニクシーの環境を活用して徹底的に考え抜く。 フェローはそれを企業に持ち帰り、組織(企業)のサポートも得ながら、推進していくことで解決されるのではないでしょうか。
コモンズ投信株式会社 取締役会長 渋澤健氏(セレクションコミティ)
私は投資家の立場から意見を述べます。投資家にもいろいろなタイプがいますが、私は「長期的な観点」に立った投資家です。いつも一世代後、つまり30年後を見据えて投資を行っています。その観点から、2020年というのは日本にとって大きな時代の節目になると考えています。
明治維新で始まった近代日本社会の歴史を振り返ると、1870〜1900年は江戸時代の常識が破壊された時代と言えます。続く1900〜1930年は日露戦争の勝利に続く大正文化の繁栄の時代です。次の1930年〜1960年は太平洋戦争で国が焦土と化し、そこから立ち上がっていく時代でした。1960年〜90年は高度経済成長によって世界一の繁栄国となりましたが、1990年〜2020年はバブル崩壊を経て「失われた時代」と呼ばれる20年が過ぎます。そして今年になって、とどめのように新型コロナによる未曾有の経済危機が起きているのは、ご存知の通りです。
その歴史を見るうちに、この国には30年スパンで「繁栄と破壊の時代」を繰り返すリズムがあるのではないかと考えるようになりました。その私の見立てが合っているなら、今年2020年から、日本は再生の時代に入る可能性があると思うのです。
私が注目しているのは人口動態です。1960年代の高度成長期の繁栄は、下の年齢ほど人口の多いピラミッド型の人口動態によってもたらされました。しかし2020年現在、日本の人口動態は逆ピラミッド型になっており、過去の成功体験はいっさい通用しない状況となっています。とはいえ悲観することはありません。フェニクシーのプログラムに参加する30代以下の若者は、人口でいえばマイノリティになるわけですが、その世代の特徴は生まれたときから世界がインターネットでつながったデジタルネイティブであることです。
日本以外の国に目を向ければ、アジアやアフリカなどの新興国は圧倒的に若く、これから成長を迎えようとしており、そこに日本企業が貢献できる大きなチャンスが眠っています。そのとき主役となるのが、国家の壁を超えるネットに親しんだデジタルネイティブ世代です。
大田さんがおっしゃる、大企業の中で下からの改革を阻んでいる中間管理職、いわゆる「粘土層」と呼ばれる人たちは、バブル入社で現在50代半ばの人々が中心です。その人たちの多くは、あと10年すれば会社から去り、彼らに対して払われていた給与コストも大幅に減ります。つまり、これから10年で日本の会社が大きく変化することは間違いないのです。国内の人口が減っても、世界の人々から求められるパートナーとなれば、日本が成長することは可能なはずです。そのためには、社内から「前例がない」「組織では通りません」「誰が責任をとるんだ」という3つの言葉をなくすことが必要だろうと私は考えています。
マネックスグループ株式会社 代表執行役社長CEO 松本大氏(フェニクシー創業メンバー)
私自身は大企業から起業した人間ですが、もともと「問題児」だったので参考にならないかもしれません。以前、友人の経営者である宋文洲さんが、「猫は育ててもトラにはならない」と力説していました。そういう意味で、永野さんのご意見に頷けるところはあります。しかし私自身は、「虎の子」が勉強のために大企業に入ってくることもあるだろう、と考えています。
大企業に対する提案ですが、40歳を過ぎた優秀な人をより活用すべきではないでしょうか。大企業では40歳ぐらいで、社長を筆頭とする経営層に将来なれるかどうか、ほぼ決まります。しかし当然ながら、40歳の社員全員が経営層になれるはずはなく、その競争に勝ち残れなかった、しかし優秀な人々が不本意なまま仕事を続けているケースが少なくありません。そういう人が起業をしたり、あるいはベンチャーへ出向して、若い起業家が創業した会社のCOOやCFOとして助けることができないか。そのような形で、大企業とベンチャーが協力しあうエコシステムを作れないかと考えています。
そのエコシステムのポイントになるのが、最終的に携わったベンチャー側の人間を、大企業の経営陣に入れるリスクがとれるかどうかです。これまで日本の会社は、外部の会社に投資はしても投資止まりで、ベンチャーの社長を自社の役員にするといった動きは、ほとんど見られませんでした。フェニクシーのプログラムも、ただビジネスアイディアを生むだけでなく、参加したフェローがどう企業のなかで経営と関わっていくかまで踏み込めると、日本型の新しいエコシステムが生まれる気がします。
三菱ケミカルホールディングス 代表執行役社長 越智仁氏(アドバイザリーボード)
当社の前身である三菱化学の時代からその歴史を振り返ると、バブルが崩壊するまで、いろいろなことにトライしています。私も若いときに、社内で新規事業のアイディアについてディスカッションしたこともありますし、1985年代から累計で4000億円ものお金を新規事業のために投資しました。当時でもそれは相当なチャレンジだったはずですが、会社にめちゃくちゃ活気があったことを覚えています。
ところがバブルが崩壊して財務体質が悪くなると、会社はいっきに倹約志向に陥りました。大企業はどこもそうだったと思いますが、あらゆる面で管理が厳しくなり、管理することが仕事である、という風潮が広がったのです。先程のお話に出たバブル入社時期の現在45歳から55歳ぐらいの社員は、とくに管理することへの意識が強くて、それが「粘土層」を形作っているのではないかと感じます。
それで私たちは、社員が起業家にならなくてもいいから、小さくてもアイディアをどんどん元気よく出して、チャレンジしてほしいと願っています。もしかするとそこから起業家が生まれるかもしれないし、事業アイディアが生まれる可能性がありますから。我々自身が会社を改革しようとしても上手くいかないので、我が社ではドラスティックに人事制度を変えようと決めて、特に改革を進めたい部署の責任者は外部の人材に任せるようにしました。人事制度改革のために外部から人を雇ったり、研究開発部に新しい発想をもたらすために文系の人間を配置したり、先端技術の部門には外国人を招聘したりしています。そういう思い切ったことをやらないと、組織の壁、古い習慣がぶち壊せないからです。バブル崩壊後の厳しい時代に育った大企業の45歳から55歳までの人が変われば、それより若い人々は自然に元気よく、面白いことを始めてくれるんじゃないかと思っています。
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授 川本裕子氏(アドバイザリーボード)
私も永野さんと同じように、「大企業に所属したままで、帰る場所のある人が、追い込まれていない状態で、本当にビジネスを始められるか」という疑問があります。「イノベーションは新規参入者が主役」というのが通説ですが、大企業の社員の多くは何かを新しくゼロから始めた、という経験があまりないのが一般的です。今日ショックを受けたのは、大企業に属するフェローの方がフェニクシーのプログラムに参加するまで、「10年間、自分の責任で決めたことがなかった」と仰ったことです。
(ここで「すいません、ちょっと誇張して言った感じがあります」とフェローからコメントが入る)
私は今ビジネススクールで、平均年齢32歳の大学院生を教えていますが、フェニクシーのプログラムに数ヶ月参加するのと、社会人が大学院に行くのと、刺激を受ける量がどれほど変わるのでしょうか。粘土層を再生産しないためにも、大企業は社員が自分の責任で決断ができるシステムを作っていく必要があると感じます。そのシステムを整え、社員側が個々人の判断でフェニクシーのプログラムを利用し、ビジネスまでは構築できなくても、有用なアイディア出しを行える場として活用できるのではないでしょうか。
TomyK Ltd. 代表、株式会社ACCESS共同創業者 鎌田富久氏(フェニクシー創業メンバー)
私の意見はちょっと違って、大企業の中からでも、スタートアップを始める人はほっといても勝手に出てくるので、あまり心配しなくていいと考えています。これまでの成功したベンチャーを見ても、大企業を辞めて始めた人が沢山います。それよりむしろ、これからスタートアップを上手く使うメリットは、大企業側にあると思うんです。
10年ぐらい前のスタートアップはネットベンチャーが多く、事業領域はソーシャルゲームやネットサービスがメインでした。しかし最近は、医療関係やロボット、宇宙ビジネス、自動運転など、リアル社会の課題をテクノロジーで解決するベンチャーが増えています。そうしたディープテック・スタートアップは事業成長のためにハードウェアの量産体制の構築も必要ですし、自動運転などの領域は実証実験や法整備など、国と交渉する必要も出てきます。
そういう意味で、これからのスタートアップは、かつてよりもはるかに大きな課題にチャレンジする必要があります。そのハードルをスタートアップ単独で乗り越えるのはなかなか難しい。だからこそ、大企業が持っている資産の活用が重要になってくるわけです。外部のスタートアップと大企業が連携するのもいいですが、フェニクシーのような仕組みを利用して、大企業自らベンチャーを生み出しイノベーションを起こすチャンスが広がっています。大切なのは、「フェニクシーのような出島に社員を出した後は、基本的に組織に戻さない」ということだと思います。戻ってしまうとスピードが鈍るので、外に出したまま、「打率2割」ぐらいで構わないという意識で、大企業発のスタートアップがどんどん生み出されればいいと考えています。
久能祐子(フェニクシー取締役・ファウンダー)
皆さんから活発な意見をいただき、感謝いたします。私たちはフェニクシーを構想した当初から、必ずしも起業することがゴールとは考えず、「個人・組織・社会のトリプルウィン」を目指そうと考えていました。フェニクシー自体のミッションは、プロフィットとともに大きな社会的インパクトを実現することです。
コホート1、コホート2ともに、どちらもアメリカであれば十分にシリーズAの投資が集まる事業アイディアと人々が集まりました。そういう人々をできるだけ早く、とんとんと15人ぐらいの会社の経営者にすることが、これからの課題だと感じます。アメリカだったら、たぶん2〜3ヶ月で実現しているはずです。参加者たちも、企業の皆さんも、それが可能であるということをリアルに考えてもらうことが一番大事ですし、実際にやってみることが必要だと思います。
起業家を目指すなら「自分で考えて、行動して、結果を見る」ことを、少なくとも35歳ぐらいまでに1度は経験する必要があります。日本の残念なところは、40代でその経験が一回もない人が、会社の主要な位置を沢山占めているところです。いくら会社の中の出世競争に勝ったとしても、個人として戦えない人ばかりになってしまっては、グローバルな競争に勝つことはできません。
大企業で働く若い人たちのポテンシャルは非常に高いことがわかったので、その才能を開放する場になることを、フェ二クシーでは目指していきます。
小林いずみ(フェニクシー前取締役・ファウンダー)
今日報告したフェロー達は比較的会社にもどってうまくやれている人たちですが、中には社内で次のステップに行けないという声も聞かれます。アンケート結果からは、資金や人という点では会社側もサポートしているし、フェローの側もサポートされていると認識していることが読み取れます。
一方で両者のギャップは、起業に関して一歩踏み込んだリスクをとる判断の部分にあります。先ほど渋澤さんから指摘のあった「前例がない」、「組織に通らない」、「責任の所在」の3つのリスクをとることをしないと、大企業の中から起業はできないし、ベンチャーに対する投資もできないのではないでしょうか。日本の企業がそのリスクをとらずして生き残ることができないという点は、経営層の皆さんも共感していただけると感じます。
今日の議論を踏まえて、今ある粘土層をどう再教育していくのかという点は、今後フェニクシーがチャレンジできるところかもしれません。例えばミドルマネジメントに対して、気づきを促すセミナーは、フェローをバックアップする上でも意義がありそうです。
長時間にわたる議論をありがとうございました。
編集・構成:
- 理系ライターズ チーム・パスカル 大越裕氏
フェニクシーレポート: